Floating Heart

ホームページのスライドショーの写真を更新いたしました。(2021年2月1日)

私はPhotographic Art Asia(以下 PAA) と言うアート写真を創作することを主体にしているグループに所属しています。

そのPAA のウェブサイトではメンバーの作品を毎月紹介していますが、今月は私の作品紹介の順番でしたので、その同じ作品をこのサイトにも載せたいと思います。

ホームのスライドショーは5枚しか載せられませんでしたが、ブログではPAAのサイトに載せた10枚を紹介いたします。

 

この作品はここ最近、犬の散歩の時や山にハイキングに行った時に撮影しました。

以前の作品はわざわざどこかに出かけて行き三脚を構えて「写真撮るぞ~!」という感じで写真を撮っていましたが、今回の作品は歩いていて出会った素敵な瞬間を手持ちでパパッと気軽に撮ったものです。

そして、アート写真ということで、今回はプリントした作品をスキャンして載せていますので、用紙のテクスチャーもなんとなくわかるようになっています。

作品によって、スムースな用紙とちょっとザラついた用紙にプリントしたので、画面がなんとなくざらついた感じになっているのはそのためです。

 

それでは早速作品紹介始めます。

これ↓なんだかわかりますでしょうか?

川面に映った高層マンションなのですが、風の具合や光の具合が絶妙で、見た瞬間、あ、これ面白い!と思ってシャッターを切りました。

その後、何度かここを通りましたが同じようにはならずに全然違う感じになっていました。

なので、やはり「はっとした瞬間」が大切だなぁと痛感した一枚となりました。

 

2枚目の写真はよく行く海岸で撮影しました。

夕日の反射がまぶしいのですが、このキラキラした輝きをどうしても撮りたくて粘りました。

逆光なので鳥がよく見えずどうなっているのかわからなかったのですが、何枚も撮ることでこの写真ができました。

 

3枚目と4枚目は同じく海で撮影したのですが(おそらく別の日)反射するキラキラをぼかして撮影してみました。

このキラキラした水面をぼかして撮るのが楽しくてマイブームになっていますが、そう何枚もあっても仕方ないですね。

どれもこれも載せたかったのですけれど、どれも同じようなものなので、見ている方はつまらないかもしれませんが・・・笑

 

 

 

 

そして、夕日が地平線に沈む直前に太陽を撮影したものがこれ↓。

これは撮影していて太陽のエネルギーが迫ってきてゾクゾクして面白いのですけれど、作品としてはまだ満足していないので、また撮り続けたいと思っているテーマです。

 

そして、次の3枚は多重露光で撮影した作品になります。

多重露光は結構難しいのですけれど、やっていて面白いので夢中になってしまいます。

どこを見ていいのかわからなくて不思議な感覚になるのが個人的には好きなのですが、わけのわからない写真になってしまう危険性があります。

私は基本的にHDRなどの合成はやらないのですけれど、多重露光はフィルムの頃からある技法なので、私としてはまあいいかなと思っています。

 

そして、次も多重露光で撮影したものですが、植物と空を一緒にしてみました。

本当はもう少し雲がくっきり出るかなと思っていましたが、ただぼや~っとした写真になっただけだったので、またトライしてみようと思っています。

 

最後は、草がキラキラしていたので撮ってみると丸ボケがワチャワチャとなってしまいましたが、これはこれで面白いかな、と思っています。

 

以前のアメリカを撮影していた作品とは少し感じが違っていますが、私の最近の作品紹介でした。

コロナ禍での心境の変化、環境の変化で生み出されたかな、と思う作品達。

私の写真に対する思いを再確認した機会にもなりました。

PAAのサイトにも載せたこの作品「Floating Heart」のテーマみたいなことを最後に掲載しておきますね。

*****************************************************************************************************************************************************

Floating Heart 

 “日常”が突然失われた昨年。当たり前と思っていたものが当たり前ではなくなる喪失感と言葉にならない心のざわつき。そんな日々、目にする光景が違って見えてきた。かすかな光、揺らぐ水面、木々のささやき・・・何もかもが愛おしくこの瞬間に生きていることに感謝の思いが湧いてきた。そして、カメラという魔法の道具を通してその光景をうつしだすとき、更に違った世界が作られていった。それは純粋に楽しく、そこに存在する空間や時間、自然や現象、宇宙といった「すべて」と繋がることができるツールとなった。確かなものなんてないし、心の在り様で見える景色も変わってくる。失われたからこそ得られるものがある。そんなことを考えながら、どこにたどり着くのかわからない浮遊する写し出してみよう 

 

 

 

Copy Protected by Chetan's WP-Copyprotect.